真宗本廟(東本願寺)奉仕について

本廟奉仕の歴史・由来・願い

今、「わたし」にまで伝わってきた歴史が、そこにある!

親鸞聖人の一生を伝える絵巻物『親鸞伝絵』には、親鸞聖人が亡くなった後の1272年、お骨を納め、親鸞聖人の木像を安置したお堂の周りを、ほうきで清掃する人が描かれています。
その後、1602年に東本願寺が建てられて以降、1788年を初めとして4度の火事にあいます。今の東本願寺が再建されたのは1895年。「建てなおして、護っていこう」と、全国各地から多くの人が再建作業の「奉仕」にかけつけたのです。昼の作業の後、夜はみんなで仏教の教えを聞いたそうです。
そして1947年。時はアジア・太平洋戦争後の混乱期、1947年、東本願寺は「本廟奉仕道場」を開設しました。そこには、教えを語り合ったり、おつとめの作法を学ぶ共同生活がありました。
これらの歩みが、今、“じぃん生活”となって、私たちに贈られてきています。

その4年後の1951年。全国の多くの人たちが「奉仕団」と称し、お米や味噌と、“あつい想い”を持ち寄って、東本願寺で寝食を共にし“じぃん生活”をおくりました。戦後、まだまだ手入れが行き届かず、荒廃していた東本願寺のために、泊り込みで境内の清掃奉仕を行いながら、仏教を聞き、語り合ったと言われています。今とは異なり、食堂もお風呂もない「和敬堂」という建物での生活でした。この「和敬堂」という名前は、後に2017年完成の新たな施設へと引き継がれます。

それから8年が過ぎた1959年、同朋会館が誕生しました。歴史と願いをつなげながら続けられてきた生活。今も変らず、年間約1万人の方が、仏教を“見て・聞いて・感じて・語り合う”、“じぃん生活”を同朋会館でおくっています。

誕生から60年、同朋会館はリニューアルしました。変わるもの・変わらないものを大切にしながら、装いを新たに、これからも皆さんの“じぃん生活”をお迎えします。

『親鸞伝絵』

当時の同朋会館(1959年)

21世紀という今を生きるあなたへ

常にスマホと向き合って、日々更新されていく情報に流されている毎日ではありませんか?
忙しい毎日の中で、少し立ち止まって、自分と向き合う時間はありますか?
“じぃん生活”は、そんなあなたに、たくさんの人との出あいと、語り合いを通した自分との出あいをお届けします。必ず新たな発見があるはず。
さあ、日常から抜け出そう!

現在の本廟奉仕(じぃん生活)の日程はコチラ

新設された和敬堂(2017年)

ヤギ日記
ヤギのナンシー

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